【教育】日本の学校には期待していてはいけない

教育

10歳からバスケットボールをはじめ、日本一を2度経験。
プレイヤーとしての夢は病気の影響により断念したが、「成長過程にいる男たちを、いっぱしの男にしてやりたい!」という思いを胸に、バスケットボールコーチしてます!また大学事務職員として教学マネージメントを担当。リアルな観点から「教育」「子育て論」「コーチング」などについて情報を発信していきます!

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皆さん、こんにちは!Coach Kです!

今でも将来、「先生になりたい」と考えている人は多い世の中だと思います。私も学生時代は将来教員免許を取得したいと考えて、取得できる大学に進学しました。

しかし今の教育の現場はネットで調べても、ニュースを見ていても分かるように、労働環境は最悪。なぜか企業では許されない労働環境でも教育の現場では許されることが多い。なのに国全体として緊急事態(今でいうコロナ禍)などでは給与が下げられ放題、有給休暇などの取得も難しい、家でサービス残業は当たり前なんです。
これだけ見ても、自分がこんな労働環境で仕事させられたら頭おかしくなっちゃうだろうなと思ってしまいます。現にそういったストレスが影響してからなのかは分かりませんが、教師が不祥事を起こすこと本当に多いですよね。

そんな人たち(先生)に期待するのは間違っていると私は考えます。

もちろん友人に教員をやっている人もいるので、全てが悪いというわけではありませんが、なぜ「先生に期待すべきではないか」を紹介していきたいと思います。

先生は社会を知らない

学校で先生をやっている人の多くは大学卒業後、一般企業などに就職せず、臨時採用、非常勤をしながら採用試験に挑んで、正規教員になる人がほとんどだと思います。つまり教育の世界しか知らないのです。民間企業などでお金を稼ぐことがないまま、若くして指導する側に立っては考え方も保守的です。社会を知らない人に社会について教わっていることが学校ではほとんどなのです。それでは子供たちが社会で求められていること、必要なスキルなんて分かるはずもないと思います。
私も一度教壇に立ったことがありますが、絶対に社会人を経験してからと思っていました。それは就職活動から始まる社会人を経験してないくせに、何も教えることはできないと考えていたからです。

こういうと勉強を教えることが先生の仕事だと言う人がいるかもしれませんが、正直そこまで勉強を教えるということは重要ではないということに気づいていないことに残念で仕方ありません。その科目の勉強を教えることは塾の方がエキスパートだと思います。
学習指導要領よく読んでください。「生きる力」を育むのが学校であり、それの役割を担っているのが先生ですよ。



なぜ?を説明できない

息子の小学校の説明会で生徒指導部の先生の話を聞いて、ものすごくアホらしくなった言葉がありました。
「社会にはルールがあるから、その社会で生きていくために、学校でもルールを設ける。そのルールすら守れない人は社会人で生きていけない」
まあそれは分かります。

じゃあどんなルールか。

①筆箱、鉛筆は無地
②靴下、外靴は白
③ツーブロック禁止

まだこんなくだらない校則やっている学校あるのかって笑ってしまいました。

僕たちが社会でルールを守るのは、人としてはやってはいけないことと理解しているからです。しかし筆箱や外靴が白で、誰を傷つけますかね。なぜ白なのか?と聞いても、はっきりとした説明ができない先生が多いと思います。こんなくだらないルールをそれなりの理由をつけて校則と謳うのは自分らが管理しやすいからだけだと思います。
あと「昔からこうだから」って言う人が多いんです。でも社会を知っていれば、古い考え方は社会から置いていかれるって理解できているので革命や革新していくんです。そんな人たちから教えてもらっているわけですから、先生に期待できないのはこれだけでも十分理解してもらえるんじゃないかと思います。

個性を出せば、締め付けられる。先生の言うことが絶対。変に組織的思考を何かと植え付けているのが学校の現場。
でも社会人になれば、個性や意見を求められる。
全く学校のやっていることは社会と逆行しているのでは。。。

ダメな人も先生を続けられてしまう

教育の現場はダメな先生を排除できる仕組みがないんです。会社では解雇などがありますが、教員はどんなに不祥事を起こしても免許は剥奪されないんです。だからまた別の地域で同じことを繰り返せちゃうのです。
自動車免許だと定期的に免許更新があり、違反すれば免許の停止や取り消しもあるのですが、現状の教員免許にはそれがありません。

学校が教えてくれる唯一のこと

私が思う学校の現場で学べることは「自分を客観的に見る」ことだと思います。幼少期は自分中心の世界で生きていますが、学校というコミュニティを通じて、仲間を意識します。人の目を気にしたり雰囲気に合わせて発言すること、他人を意識して自分は何をすべきか考える力がついてきます。また他人を介さずとも、自分は今何をすべきか考えれるようにもなります。自分の苦手な科目をどうやったら克服できるか方法を考え勉強することがその力の第一歩といえると思います。
「なぜできないのか?」を追い求めるのは大人になっても必要なスキルです。「なぜ?」を考えれない人はコキ使われる仕事しかできないので、どんどんそういった姿勢を追求すべきだと思います。

でも学校は絶対にいくべき

海外では自宅学習といって、学校に行かないで勉強することは割と多いです。特にお金持ちの家庭では学校に行かせないことが多いのかもしれません。それは海外は学校というコミュニティも日本とは違って治安が悪いのです。そんな治安が悪いとこで法に触れてしまう可能性がある場所で勉強させるよりかは、家庭教師を雇い家で勉強する方がいいのです。
しかし日本の学校は割と安全地帯で、まず治安の問題はあまり考えなくていいでしょう。更には家庭教師を雇うと相当な費用が発生しますが、学校では全て無料でそれらを学べるわけです。学校は上手く使い果たせば、実はかなり有効的な現場ではあると思います。わからないことはどんどん質問すべきだと思います。

まとめ

もちろん、先生のなかには子どもの将来を親身になって考えてくれたり、理解しやすいように教えてくれる先生もいると思います。大人になったときに「いい学校だった」「あの先生がいたおかげで今がある」と思えれば、それは素晴らしいことだと思います。しかし、日本の学校教育にはそうではない先生を辞めさせれる仕組みがないのが現実なので「学校や先生に期待する」のは間違っているなと私は思います。そう考えると、学校は勉強がきちんとできる場所でもない、イジメを防げる環境になっているわけでもない、だけど謎に偉そうにしている教師がいる理不尽な場所でしかないと思います。 唯一、今の日本の学校教育にメリットがあるとしたら、先程の「客観的」に加えて「反面教師」を子どもが学べることぐらいでしょうか。



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